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長崎地方裁判所 昭和53年(行ウ)7号 判決

原告 竹下信夫

被告 長崎地方法務局川棚出張所登記官

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  別紙目録記載の土地について、長崎地方法務局川棚出張所昭和五三年九月二五日受付第五四二八号、同第五四二九号農地転用のための地目変更登記申請事件につき、被告が同年一〇月三一日なした却下決定はこれを取り消す。

2  被告は原告の右申請を受理し、地目変更登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

主文同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  別紙目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)は、もと岩田芳郎の所有であつたところ、原告は昭和四九年一月二八日同人の求めに応じて金三、五〇〇万円を同人に貸与するとともに、その担保として本件土地に抵当権を設定した。ところが、岩田芳郎が債務を弁済しなかつたため原告は右抵当権を実行したが(長崎地方裁判所佐世保支部昭和五三年(ケ)第二三号不動産任意競売事件)右手続においては本件土地は現況雑種地と取り扱われて手続が進行し、昭和五三年五月二五日原告が競落して同年七月六日その旨の所有権移転登記を経由した。

2  原告は同年九月二五日被告に対し、本件土地の地目を現況に合致させるよう長崎地方法務局川棚出張所昭和五三年九月二五日受付第五四二八号、同第五四二九号をもつてその旨の地目変更登記手続をしたが、被告は同年一〇月三一日本件土地の現況は雑種地ではなく休耕農地であるとの理由で右申請を却下する決定(以下、「本件決定」という。)をなし、原告は翌一一月一日これを受領した。

3  しかしながら、本件土地の現況は雑種地であるから、本件決定は違法である。

岩田芳郎は昭和四七年一〇月一日本件土地上に老人医療センターを建設する計画で本件土地を買い受けたもので、以後全く耕作されておらず、荒れ果てて一面背丈大の雑草が繁茂している。そして、付近には小・中学校もあり、道路も舗装されていて宅地に適する場所である。また、不動産登記事務取扱準則(昭和五二年九月三日第四四七三号民事局長通達)一一七条によれば、地目を定めるにあたつては、土地の状況及び利用目的に重点をおくべきとされているところ、土地の状況については、別紙目録1ないし4記載の各土地は既に転用の許可もなされているし、その余の土地も含め前述のとおり長年にわたり農地としての用を廃されており、それ故競売に際しても競売裁判所によつて雑種地と認定された土地なのである。次に、利用目的については、原告は農家ではないのであるから、農地として利用する意思のないことは当然である。

以上のとおり、本件土地の現況は雑種地と解されるべきで、これを休耕農地としてした被告の本件決定は違法である。

4  よつて、請求の趣旨記載のとおり判決を求めるため本訴に及んだ。

二  被告の本案前の主張

1  本件決定は取消訴訟の対象となるべき行政庁の処分にあたらない。取消訴訟の対象となる行政庁の処分とは、その行為により直接国民の権利義務を形成し、またその周囲を確定することが法律上認められているものでなければならないところ、一般に登記官のする登記行為は、いわゆる公証行為に属し、特定の事実または法律関係の存在を公に証明するものではあるが、それによつて直接私人の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確定する性質を有するものではない。そしてこのことは本件の如き地目変更登記においても同様である。即ち、ある土地が農地であるか否かは、登記簿上の地目や主観的使用目的のいかんを問わず、当該土地の客観的事実状態にもとづいて決すべきものであることは確定した判例であるから、本件土地の地目の表示が田または畑であつても、仮に本件土地の客観的事実状態が非農地であるとすれば、右地目の表示とはかかわりなく本件土地に農地法が適用されることはなく、原告が本件土地所有権の行使につき同法所定の制限を受けることはないのである。

2  原告は本訴において、被告に登記手続をするよう求めている。しかし、行政事件訴訟においては、行政庁に対し直接給付を求めることは許されない。

三  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1記載の事実のうち、岩田芳郎が本件土地について抵当権設定登記をし、昭和五三年五月二七日付競落許可決定を原因として、同年七月六日原告が所有権を取得した旨の登記がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2記載の事実のうち、原告が本件決定を受領した日は知らないが、その余の事実は認める。

3  同3は争う。

四  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  本件土地は雑種地であるが、登記簿上その地目が農地となつていることから、実務上の事務処理に際しては形式的に農地法の適用を受ける土地として取り扱われ、同法により本件土地に対する原告の所有権の行使が妨げられる結果となる。例えば、原告が本件土地の売買や賃貸を意図しても、相手方はその取得すべき権利に不安を感じて取り引きそのものが成立しないか、またはそれが困難となるのである。要するに、原告は被告の本件処分によつて本来自由たるべき本件土地所有権の行使が農地法によつて制限されることとなるのであり、原告はこの不利益の排除是正を求めるべき法律上保護に値する正当な利益を有するというべきである。なお、登記は一般的には行政行為であり、公証行為である。そのうち権利に関する登記については、登記官は形式的審査権を有するのみで、実質的審査権を有しない。ところが、本件地目変更登記等の表示登記は職権登記であつて、登記官は実質的審査権を有するのであり、表示登記は公証行為とはいえ、その性格は登記官による積極的な行政行為なのである。

2  仮に、本件判決において本件決定が違法と判断され、これが取り消されるならば、原告の被告に対する昭和五三年九月二五日付地目変更登記申請手続が復活し、被告は右手続を進めて地目変更の登記をなすのが当然であり、これは被告に特段の給付を求めるものではない。なお、原告は本件土地を競落により取得したのであるが、そのうち、長崎県東彼杵郡波佐見町長野郷字戸石川七三七番田九二三平方メートルの丁区一一番昭和二年一〇月一九日受付第二六二九号抵当権設定登記及び同所七三七番二畑一〇六平方メートルの丁区七番同日受付同号抵当権設定登記については、長崎地方裁判所佐世保支部より競落許可決定を原因として長崎地方法務局川棚出張所昭和五三年七月六日受付第三八一五号をもつてその抹消登記嘱託がなされたにもかかわらず、同年一〇月四日に至るもこれが実行されず、原告代理人よりの督促によりようやく抹消され、また同所七五一番畑一四〇平方メートルの乙区三番昭和四九年六月二〇日受付第二七九〇号賃借権設定仮登記は前記のとおり抹消登記嘱託がなされているにもかかわらずその実行手続が遅れ、原告代理人の督促によりようやく同年一二月一日抹消されたのである。以上の経過に照らし、本件においては、特に被告に対し積極的に登記手続を求める必要と利益とが存するといわなければならない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  まず本件訴えのうち、本件決定の取り消しの訴えの適否につき判断するに、処分の取り消しの訴えの対象となる行政庁の処分とは、それによつて国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確定することが法律上認められているものでなければならないところ、登記官が不動産登記簿に所定の事項を記載する登記行為は、行政行為のうちの公証行為に属し、特定の事実または法律関係の存否を公に証明するもので、本件に即していえば、地目を農地として表示することは、当該土地が農地であることを一般的に証明する効力を有するものではあるが、ある土地が農地に属するか否かは、登記簿上の地目の記載とはかかわりなく、当該土地の客観的現況によつて決すべきものであるから、登記簿上の地目の表示は、これにより直接国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を明確にする性質を有しないといわなければならない。もつとも、登記行為の公証行為としての性質からすれば、本件土地取引等に際し、原告はその主張の如き不利益を受けることは免れ難いと思われるのであるが、結局それは本件土地所有権に対し法律上加えられた制限ではなく、事実上の不利益にとどまるものと解せられる。

以上のとおり、本件決定は、処分の取り消しの訴えの対象となる行政処分ということはできないから、原告の本件決定の取り消しの訴えは不適法であるというほかない。

二  次いで、原告が被告に対し地目変更登記をすることを求める訴えの適否につき考えるに、右訴えは、元来、裁判所が被告に委ねられた審査権の行使を自ら行なうことに帰するから、三権分立の制度上許されないのみならず、本件は、本件処分の取り消しの結果、復活する原告の申請を受理し地目変更登記を求める訴えであるところ、前記のとおり本件処分の取り消しの訴えは不適法として却下すべきものである以上、原告の申請が復活することはないのであるから、訴えの利益を欠き不適法といわねばならない。

三  よつて、原告の本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文 山口毅彦 加藤誠)

別紙目録〈省略〉

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